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Author:六甲荘支配人
2009年4月にホテル北野プラザ六甲荘の支配人に就任しました。 日々のこぼれ話をしていこうと思います。 どうぞ、おつきあいください。
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| 水の都「松江」報告1/2 |
水の都に来たものの、前日は仕事で一歩も外には出られなかった。だから今日は朝1時間の会議終了後、「松江歴史館」に向かった。
 ここは松江開府400年を記念して昨年3月にオープンしたばかりで、1年しか経っていない。展示室以外は無料で、履物を脱いで上がることになる。大広間と名付けられた休憩所からは、家老屋敷の屋根越しに松江城(千鳥城)を眺めることができる。
 展示室内は、フラッシュを使わなければ写真撮影はOKである。撮影していて気付いたのだが、1600年代の絵地図と現在の衛星写真を比べると、松江城を中心にした町割は400年前と大きくは変わっていないのだ。これには驚いたが、姫路城を始めとして全国に現存する12の天守閣を擁するところの町割は、総じて大きな変化はなく、いにしえの町割と町名を大切にしていることが推し量れる。
  開府400年祭の記念碑には「歴史と風土」「文化と伝統」「先人の尽力」「未来に継承」そして「市民」という豊かで深いキーワードが連なっている。
現代の都市は、トレンドを追い続け、常に変化することによって成り立つ。ここ松江は、美しい城と城下町を築き上げた先人の功績と、それを大切に守り育んできた後世の市民の努力によって輝きを放っている。
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| GWに技術開発を思う |
北野坂には9枚の花絵が描かれています。 インフィオラータ(INFIORATA)とは、花を敷きつめるというイタリア語で、ローマのジェンツァーノ市では200年以上の歴史があります。
 上の写真は、普通の人の目線です。何が描かれているかわかりますか?かろうじて赤いチューリップで描かれたKOBEの文字は分かるのですが。はてさて?
 正解は街路樹に張ってありました。「蝶と遊ぶ」という題だそうです。 今年は9作品とも全部「平清盛」をテーマに描かれています。そのうち半分以上の5作品には「蝶」があしらわれています。平家の家紋が蝶ということで採り上げているのでしょう。NHKの大河ドラマも頑張ってください!
 花いっぱいのゴールデンウィークに入り、悲惨なバスの事故や自動車事故が相次いでいます。 関越道のバス事故に関して「市場原理主義が招いたもの、規制緩和の犠牲」と分析する識者もいます。 ヒューマンエラーは起こるもので、絶対安全などは絶対存在しないのでしょう。人はかなりいい加減な動物です。だから厳しいルールも設けなくてはなりません。そこで、規制緩和見直しの議論も出てきています。
一方、規制を強化することによって、ヒューマンエラーは少なくなっても無くなりはしません。 そこで出てくるのが、人を安全にサポートする技術です。例えばスバルの車には、アイサイトといって自動停止する「運転支援システム」を装備することができます。車線逸脱警報やふらつき警報もあります。
そもそも、機械化・省力化とは人を重労働から解放するためになされた技術です。しかしながら、高速化・軽量化という技術と市場における低廉化という過当競争があいまって、高速バスを運転する人の負担は増すばかりです。その負担軽減に寄与するのも技術なのです。 次なる日本のイノベーションは、ヒューマンエラーを最小限に食い止めるシステムと、安全・安心な生活を送るための高度な技術開発だと信じています。
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| 4月中の五月晴れ |
まだ5月にはなっていない五月晴れの休日、営業で西宮方面に向かった。 営業に出るのにお天気で左右されるようではプロとはいえないが、陽気とはよく言ったもんで、お天気がいいと気分もいい。
西宮市内にある数軒のお宅を訪問してから、向かった先は、新緑眩しい上ヶ原の関学正門から北へ少し行ったところにある「PAN」という喫茶店だ。40年前によく行った喫茶店が、そのたたずまいのままでいてくれたことが嬉しい。
 「食べ物屋は食いっぱぐれがない」などとよく耳にするが、どっこい新装開店しても半年を待たずに閉めてしまうのがこの商売の現実なのだ。また、数年で撤退する事を前提にイニシャルコストを極力掛けずに儲けだけに走る店もある。だから、40年以上も同じところで当時と同じたたずまいで営業していることは稀といっていいし敬意も表したくなる。 今回は店内にも入らず、コーヒーも飲まなかった。その訳は、「昔の恋人の姿を見かけても、決して声はかけない」例えるなら、そんな気分だった。
 芦屋を抜け灘区まで帰ってくると、摩耶埠頭の入り口には長さ25mの巨大な鯉のぼり2匹が泳いでいた。長さでいえば、埼玉県加須市の100mがとびぬけてはいるが、この鯉のぼりのうろこはスマスイ(須磨海浜水族園)で書かれた1万2千のメッセージで出来上がっているという。そんな手作りの鯉ゆえに、五月晴れの空にいっそう爽やかに泳いでいるようにみえる。
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| 三匹のおっさんの故郷は? |
 有川浩の「三匹のおっさん」が文庫本になって大好評だという。 「三匹のおっさん」が単行本で出た3年前は、私の中では還暦のオッサンが三人というネガティブ・イメージが先行していた。さらに自分も還暦間近なのに仲間になりたくなかったりで、スルーしていた。
観念して還暦という現実を素直に受け入れるようになったこの3月、「三匹のおっさん」の文庫本が出た。 私は以前から道徳観念だけは人一倍強く(おそらく観念だけだろう)、ときにモビルスーツを身に付けたロボコップになって44マグナムで悪人を成敗する・・・という危険な妄想をすることがある。そんな身としては、三匹の悪ガキが還暦を迎え、町の治安に乗り出す「三匹のおっさん」は、現代のヒーローであり私の理想像だ。
そこで、「三匹のおっさん」の舞台設定はどこかな?と探してみた。「皐ヶ丘駅」は実在しないようだが、その言葉のニュアンスから東京近郊の下町なのだろう。さらにネットで探していくと、「三匹のおっさん有川浩」のサイトに、ご丁寧にご町内地図まで載っているではないか。 この数キロ四方のご町内で、キヨ・シゲ・ノリの3人は半世紀以上暮らしている。実に狭いエリアながら幸せなコミュニティーである。
 今回私はマンション管理組合の理事長に選任(実はくじ引き)されて、ここを終の棲家にしようという人たちとの付き合いが今まで以上に深まった。「三匹のおっさん」のように、自警団を組織するようなこともないだろうが、住みやすい故郷になってもらいたいと願っている。
(こんなときに考えるのが、福島第一原発から半径20キロ圏内の警戒区域と避難指示区域内11市町に住んでいた皆さんのことだ。「三匹のおっさん」や私は活躍できる故郷があるが、警戒区域などに故郷がある人の無念さは簡単に想像することすら許されない。)
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| 萌芽の季節 |
このところの20度を超す陽気で、万だと咲き咲き誇っていた桜も華吹雪となっている。 シダにツツジの花が咲き、コナラは萌芽のときをむかえた。


 昨日バスで、母親に抱っこされていた生後半年くらいの赤ちゃんが、後ろに座っているお年寄りたちをひょこっと覗いた。そのあどけなさに、おばあさんから「かわいいわね!」と声がかかり、母親も何か言葉を返していた。 その様子をほほえましく見ながら、「なぜ少子化なのか」をふと考えた。
生きとし生ける全てのものは、病み、老いて、最期を迎える。仏教でいうところの「生老病死」は苦しみという観点で人の一生を捉える。しかし苦しみは喜びの反転であり、表裏をなす。 そこで、「生産育成」という言葉を創ってみた。生きる喜び・産む喜び・育てる喜び・成長する喜びである。 「生老病死」があくまで個人の苦しみにスポットを当てているのに対し、「生産育成」という喜びは子や孫という対象とのかかわりによってもたらされるという違いがある。
また、季節の移ろいを「輪廻転生」になぞらえると、それは自然に繋がっているのではない。繋げていくという生物としての意志と営みがそこにはある。
子どもを育てることは簡単なことではない。親が期待したように育つ子は稀と云っていいかもしれない。子を持つことによるリスク情報は毎日のようにメディアから流れてくる。さらに養育・教育にお金がかかることを懸念して、多くの人が結婚・出産に二の足を踏んでいることもあるのかもしれない。
バスの中の笑顔の赤ちゃんがもっと多くなるにはどうすればいいのだろう。子どもを老若男女皆で育てていこうという理念で生まれた(と私は思っている)「子ども手当」もその手立ての一つには違いないのだが・・・
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